今月の学校図書館

こんなことをやっています!

埼玉県立飯能高校すみっコ図書館見学記

2020-03-30 08:49 | by 村上 |

  2月26日(水)、県立飯能高校すみっコ図書館を、附属世田谷中学校の音楽科教諭、養護教諭、学校司書の3人で見学に訪れた。昨年度は大学の先生と一緒に「性の多様性に応じる学校に関する研究」というプロジェクトに取り組み、先進的な試みを行っている自治体や学校を探していた。そこで司書の村上が、飯能高校の図書館には「あなたをまもる本」という棚があり、そこの本は貸出手続きをしないでも自由に持って行っていいらしいという話をしたところ、ぜひ行ってみたいという話になり、学校司書の湯川康宏さんに連絡をとると、快く承諾いただけた。図書館としては特にこの棚に力をいれているわけではなく、すみっコ図書館の様々な企画のなかのひとつなので、それほどお話できることがあるわけではないですよ、と湯川さんからお返事はいただいていたが、それでもぜひ見学したいというのが、3人の一致した意見だったので、新型コロナウィルスによる自粛が始まる直前に学校を訪問することができた。

 

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 当日、出迎えてくださった湯川さんのあとについてすみっコ図書館に向かった。「とにかく学校のすみっこにあるんですよ」と案内されたのは校舎の4階。生徒のHRとは別棟で、連絡通路は2階にしかないので、4階の生徒は2階まで降りて連絡通路を通り、また階段をあがるわけだから確かに遠い。

 入ると左側にはすみっコぐらしの絵本とかわいいぬいぐるみが待ち受けている。湯川さんに伺うと、学校のすみにあるので、「すみっコ図書館」という名を思いついたときは、すみっコぐらしのキャラクターのことは知らなかったそうだ。この棚には、湯川さんが、すみっコぐらし検定初級と中級に合格した証明書も飾ってあり、今や飯能高校すみっコ図書館は、これらのキャラクターと共存しながら、居心地のいい空間を作っていることが伺われる。

 

 

 少し中に入ると、なんと貸出用のぬいぐるみが3体。登録されているので、バーコードがついていて、もちろん家に持って帰れる。借りて行ったぬいぐるみが授業の邪魔にはならないのか聞いてみたら、それは図書館が関知することではなく、他の資料と同じ扱いで、先生と生徒の問題だと考えているそうだ。

 

 

 

 


 
 







 すみっコ図書館の特色は、館内を色でゾーニングしていることだときいていた。入って左側は緑のコーナー。読む本が主でNDC分類に沿って並んでいる。その一角に、私たちのお目当ての「あなたをまもる本」のコーナーがあった。約64冊の本は、LGBTQ関連の本、いじめの本、性に関する本などである。必要だけれども、カウンターで借りるのは躊躇する類の本だからこそ、黙って借りて行ってそっと戻してくれればいいという湯川さんの思いが形になったコーナーだ。

 ここの本が動いているかどうかは、書架整理のときにわかるという。本の背を綺麗に揃えているので、生徒が触ればほんの少し乱れるし、一冊抜けばそこに空間が生まれる。慌てて戻して本が逆さまということもあるそうだ。コーナーにはリクエスト用紙も備えてあり、少し前にリクエストに応えて入れた『生理ちゃん』(小山健著 KADOKAWA 2018)とリクエストカードが一緒に掲示してあった。棚には人身取引被害者支援を専門に行うNPOライトハウス法人作成のポスターやカードもさりげなくあった。この棚に関して養護教諭やスクールカウンセラーと連携しているのかという問いには、本をリクエストすることはあっても、図書館までやってくることはないという返事。保健室から図書館までが遠いことと、800人近くいる生徒のメンタル面の対応に追われていてとても忙しそうなので、司書としてはそこまで求めてはいないそうだ。


 それにしても、貸出手続きをせずに貸すということは、紛失を恐れないということ。なぜそのようなことを思い立ったのかを伺ったところ、「除籍をする本が、一度も借りられていなかったということがあるでしょう。それに比べたら、紛失というのは少なくとも一度は誰かに手にしてもらえて役だったと考えられるじゃないですか」と湯川さん。おもわず、納得してしまった。学校司書ならきっと身に覚えがあるだろう。



 青と緑のゾーンが、入り口から見て左側なのだが、右側は読む本ではなく見る本が主に置いてあって、左が静なら右は動。写真集や絵本、漫画などビジュアルなものが並んでいる。それに加えて、遊び心満載でプラレール、飯(ハン)モック、パズル、ボードゲーム、そしてカウンター前には大きめのモニターがあり、そこで電子ゲームができるようになっている。ここまで遊べる図書館を私は他に知らない。

 館内中央にも幾つかのコーナーがあるが、楽しそうだったのはおみくじコーナー。おみくじには0~9までの数字があり、ひいた数字の棚にある紙をとると、そこに大吉や中吉などが書いてあって、さらにその数字のところにある本を読むように指示がある。つまり0類から9類までの本がそこには毎回並んでいて、適宜入れ替えているそうだ。9類以外なかなか手に取られないとのことで、他の分類に着目してもらおうという司書ごころ。さらに、おみくじとはどういうものかを、きちんと記した掲示がされていて、そこは図書館らしさが漂うコーナーだった。

 もうひとつすみっコ図書館ならではのコーナーが、カフェコーナーだ。無料でお茶やコーヒーが飲めるが、飲んだら司書室で綺麗に洗って返すのがルール。館内3箇所ほどに募金コーナーがある。硬貨を入れると、猫の手が出てきてお金を素早くとっていくのが可愛くて、つい募金する生徒がいるそうだ。たまったお金は、NGOシャンティ国際ボランティア会におくっているというのもすごい。
 


 さらに特筆すべき棚は、カウンター横の棚だ。「あなたをまもる本」のコーナーがひっそり読む子たちのためなら、こちらは堂々と読みたい少々過激な漫画を読む子たちのものという。並んでいるのはBL漫画やガールズラブもの。生徒からリクエストされたものを、湯川さんも読んでみて、あまりに過激な描写のものは司書室行きになるものもあるそうだ。そしてその隣の棚には、先生たちの仕事や私生活に役立ちそうな本が並ぶが、BL漫画の横は『先生と親のためのLGBTガイド』が定位置となっているそうだ。

 






 司書としてはいいなと思ったもうひとつのコーナーが、「おもいっきりえこひいきします」と書いてある陸上部のためのコーナー。陸上部の顧問の先生から「図書館に陸上の本はありますか?」と聞かれ「もちろんです。」と答えつつ、使えそうな本を片っ端から購入して急遽できたコーナーらしい。毎週陸上部は外での練習だけでなく、図書館でこれらの本を手にして、上達の秘訣を調べているという。

 4年前に着任した当時、図書館はほとんど使われていなかったことから、飯能高校の生徒に必要とされる学校図書館を追求していった結果というか途中経過が現在のすみっコ図書館なのだと納得した。もともと県立図書館勤務が長かった湯川さん、図書館長も経験してきたベテラン司書。望んで学校図書館の現場にやってきたら、ここまで使われていない学校図書館に驚きつつ、やりがいを感じているのではないかと見学して思った。

 いろいろ試しながら、ダメならすぐに方向転換もし、考え方も柔軟な湯川さんの姿は、世の多くの学校司書が見習うべきことがたくさんあると感じた。赴任して丸4年が過ぎ、徐々に先生がたともパイプがつながっているのではないだろうか。図書館までは足が向かない先生方向けに、職員室の机には新刊を置くスペースを作り、そこにお菓子も置いてあるそうだ。お菓子だけ食べて新刊を手にしないわけにもいかず、徐々に本を手にする先生の数も増えてきているそうだ。

 急なお願いにもかかわらず私たちに対応してくださった湯川さんが見せてくださったのは、自己評価指標の一覧だった。たとえば、他からの見学依頼も、評価指標のひとつになっていて、見学数が増えるほど、すみっコ図書館の評価もあがるのだという。見学した方が、すみっコ図書館について外部に語ってもらえれば、なおありがたいとのこと、記事にしていただくのは大歓迎との言葉をいただいた。飯能高校のHPには、すみっコ図書館が大きく紹介されている。一見図書館らしからぬ、しかしもはや市民権を獲得したすみっコ図書館はこれからも日々進化を遂げていくにちがいない。


 見学した日から、早くも2ヶ月近く過ぎてしまった。この記事を執筆している今、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言の対象県の学校は、休校措置が延長となっている。そこで、この原稿を掲載するにあたり、今の気持ちを湯川さんに伺ってみた。

湯川 「3月に入ってから現在まで、生徒は図書館へはおろか、ほとんど登校ができない状況が続いています。私も多少は時間が取れて、新年度の準備ができると思っていたのですが、実際には仕事は減るどころか逆に忙しさが増しています。今は生徒たちがいつ来ても楽しめるように図書館をリニューアルするとともに、来られない生徒に何を伝えられるかを考えて、本にまつわる情報発信のお手伝いをしています。先日見学していただいた時と比べても、「キャスター付きテーブルの導入」「プラレールコーナーのリニューアル」「文庫本・ライトノベルコーナーのリニューアル」「『キュンキュン漫画コーナー』の設置」などいろいろなリニューアルをしています。また、Webコラムで本の紹介もしています。生徒が本を読みたくてもすぐに手渡せる状況ではありませんが、そんな時だからこそ、本の魅力や自分の力で考えることの大切さが光を放つと信じています。」



  生徒たちがいつ来てもいいように、リニューアルしながら、さらに本の魅力を発信続けている湯川さんの力強い言葉が聞けました。全国の学校司書の中には、新学期の準備をしたくても今は職場に行けない方も多いかもしれません。でも、きっと今だからこそできることがあるはず…と思えてきます。湯川さん、ありがとうございました!


                  (文責 東京学芸大学附属世田谷中学校 村上恭子)

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