読書・情報リテラシー

山陽学園中学校・高等学校の図書委員会作成「石井十次マップ」

2021-10-25 10:24 | by 村上 |

 夏休み明けに、山陽学園中学校・高等学校図書委員会作成の「石井十次マップ」をいただきました。マップ作製までのお話を伺ったところ、毎年図書委員会が探究活動に取り組んでいること、それを司書の田中麻依子さんがサポートしていることを知り、活動の様子を執筆いただけないかとお願いしました。成果物は公共図書館で、展示を行い、マップは地元の様々な場所に置かれているとのこと。地域に密着した素晴らしい探究活動の記録です。(編集部)



図書委員会による探究活動

山陽学園中学校・高等学校 司書 田中 麻依子


はじめに

岡山市にある私立の中高一貫校、山陽学園中学校・高等学校の図書委員会は、通常の図書委員が行うカウンター当番や新着図書の処理に加え、読書推進の一環で、アニバーサリー作家や旬の話題などテーマを一つ取り上げ、年間を通じて探究する活動を行っている。

 例えば、夏目漱石が生誕150周年を迎えた年は、ゆかりの愛媛県を訪ねる研修を行い、漱石について学び、漱石未完の小説『明暗』の続きのストーリーを考えて冊子にまとめた。元号が「令和」に決まった年は、「令和」の出典で話題となった「万葉集」をテーマに、鳥取県の因幡万葉歴史館への研修に行ったり、講演会を聴講したりする中で、リービ英雄著『英語でよむ万葉集 (岩波新書)』の存在を知り、生徒も万葉集の英訳に挑戦した。


生徒の興味を生かしたプランニング

 さて、今年度はこのコロナ禍で、県外での研修は無理……何をテーマにする?と高3が話し合い、近場でフィールドワークを行える「石井十次」に決まった。 

 「石井十次」は児童福祉の概念がなかった明治時代に、日本で最初の孤児院を岡山に設立した人物である。本校とも関係があり、学校近辺にはその息吹が残っている。また、岡山県では有名な偉人で、十次を研究している人、団体も多い。まずは、4月に石井十次に詳しい地域の方を招いて、勉強会を開いた。 

 生徒が最も興味を持ったのは、石井十次の恋愛事情だった。岡山には十次の妻の品子の墓があることを教えていただき、「見に行きたい」という声が上がった。また、地域の方々が十次について調べるにあたり、『石井十次日誌』を使っているというお話を聞き、早速本校図書館に所蔵していたものをみんなでのぞき込んだ。多い時で1200人もの孤児を育てていた十次だったが、日誌には一人一人の様子が細かく記載されている。生徒は衝撃を受けているようだった。(左上写真:『石井十次日誌』をのぞき込む様子) 



 勉強会の後、今年度の活動の計画を立てる。「十次の紙芝居を作って、公民館や小学校で披露したい」、「自粛生活で運動不足の人も多いから、歩いてもらえるようにマップを作ってはどうか」、保育士を目指す生徒からは「『石井十次日誌』を現代語訳して、考察し、現代の保育に生かしたい」など、様々な前向きな意見が出た。


地域と連携した活動

 5月に入り、石井品子の墓を見に行こうとしていたところ、緊急事態宣言が出て、フィールドワークが行えなくなった。しかし、地域の方のネットワークにより、図書館には石井十次の資料が集まった。「生徒さんが石井十次について調べていると聞いた。ぜひ、この資料も使ってほしい」と、研究誌やDVD、紙芝居など……。まずは資料を参考に十次の生涯を調べ、十次が築いた孤児院について学んでいった。

 7月、やっと行うことができた散策活動は、見学場所も地域の方に教えていただきながら見当をつけた。残念ながら、感染対策のため立ち入りを断られた場所もあったが、本を通じて仲良くなった仲間とのフィールドワークは楽しく、「お墓の前でピースはダメかな?」と言いながら、写真に残していった。見学する中で、お話を聞かせて下さったり、普段は入れない所に入れていただけたりして、勉強になったのはもちろん、地域に大切にされている偉人なのだと実感することができた。実際に見ると新たな疑問が浮かび、その疑問をまた図書館で調べるという「探究」に繋がった。

 夏休みに入ると、9月初週にある文化祭に向けて、今まで調べたことをまとめていく作業に入る。資料で分からないことは、十次の故郷の宮崎県に電話で問い合わせることもあった。模造紙にゆかりの人物や生涯をまとめ、古い資料から見つけた「岡山孤児院」の内部の様子を紹介する。散策の様子や、それをもとに作った壁面マップ、本校との繋がりも調べ、掲示した。(右上写真:文化祭の様子)


 今年度の文化祭は一般公開が中止になり、校内のみの開催となったが、特に先生方が熱心に見て下さり、当番の図書委員に質問を寄せて下さった。答えられなかった質問や指摘された間違いをまとめておき、文化祭終了後に共有し、調べ直した。例えば、「キリスト教だった十次が孤児院を開くために間借りしていた三友寺の宗派は?」(臨済宗)、「山田耕筰自身は、十次と面識があるのか?」(三友寺で耕筰の面倒を見ていたエドワード=ガントレットと妻の恒子が石井十次と話をしたという記録は残っているため、面識はあったと考えられる)など。

成果物の作成と広報

 活動の集大成として、調べた情報を詰め込んだA5サイズのマップを作成した。完成したら学校外でも配布できるように印刷を外注したいと考えていたため、データ入稿できるよう、生徒にはパソコンでの作成を依頼した。とはいえ、ソフトがない環境で難航し、画用紙を切り抜いて作った地図をパソコンに取り込み、そこに手描きのイラストを合せていくスタイルに落ち着いた。また、石井十次のマップをすでに作成している団体がいくらか見受けられたため、もうひと工夫できないかと話し合い、昔の地図を並べて掲載することにした。参考にしたのは、自校(前身の山陽高等女学校)が今とは違う場所にあり、岡山孤児院と近かったことが表れている、ちょうど100年前(1921年)の地図だ。この地図も地域の方から提供いただいた。デザインはマップ面22パターン、解説面6パターンを作成し、生徒の多数決でそれぞれ決定した。中1から高3の生徒が携わっているため、イラストのタッチも様々で、かわいらしく、若者らしいマップになった。(右上写真 マップを作製中の生徒)


当初の予定では、このマップを持って公民館や小学校に出前講座に行きたかったが、再び発令された緊急事態宣言により、断念せざるを得なかった。毎年、本校図書委員の探究活動の成果を展示させていただいている市立図書館に、今年度は私一人で展示に出かけ、マップの配付、壁面マップの掲示、石井十次を調べるにあたってのおすすめ本の展示、文化祭用に作成した模造紙資料も一部掲示させていただいた。来館者から「若い子が石井十次に興味を持ってくれて嬉しい」との声があり、「ここでも展示したい、配布したい」という依頼を頂いている。300部印刷したマップは、執筆現在の10月、観光案内所や県民ホール、公民館など配布場所を広げている。(右写真:市立図書館での展示の様子)


まとめ

最後に、生徒に聞いた一連の活動の感想を掲載する。

・私は保育士を目指していて、石井十次を今年度の図書委員の研究テーマに選んだ。十次の信念を貫く力と、十次がつけていた日誌に感激した。「十次のように11人の子供に寄り添える保育士になる」という目標ができた。(高3)

・私は地域医療に興味があって、十次が「児童福祉の父」と呼ばれ、岡山にゆかりのある人だということは知っていたけれど、こんなにたくさんの人を巻き込みながら活動していたことは知らなかった。最初はマップも門田(かどた)周辺だけ作れば良いと思ったけれど、広範囲になって驚いた。携帯やスマホのない時代にたくさんの人たちを巻き込んで活動した行動力がすごいと思った。(高3

・私はこの活動が始まるまで石井十次の存在を知らなかった。岡山にこのような人がいて誇りに思うし、学校の歴史に触れて、学校に愛着を感じるようになった。私は石碑を見ることが好きなので、またマップを持って歩いてみたい。(高1)


活動が制限され、周囲との繋がりが途絶えた今年度、それでも資料を送ってくれ、話を聞かせてくれ、生徒の活動を支えてくれようとする人々に出会え、石井十次をきっかけに地域の方々との繋がりを強くしたように思う。

本だけでなく、新聞やインターネット、史料、そして人・・・・・・多くの情報が集まる図書館は、探究活動を行うのにうってつけだ。楽しみながら研究活動に取り組む中で、刺激を受けたり、目標を見つけたりする生徒を見られることは嬉しいし、それが学校図書館の役割のひとつだと思う。何が起こるか分からない世の中になった今、たくましく生きる力を身につけることができる場でありたい。


    
    解説面_山陽学園中高図書委員会.pdf       マップ面_山陽学園中高図書委員会.pdf


次の記事 前の記事