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子どもに体のことを伝えるNPO法人「からだフシギ」の活動について

2022-11-01 10:20 | by 村上 |

 夏に本校の卒業生である瀬戸山陽子さんと、何十年かぶりでお会いした折に、5.、6歳の子どもたちにむけて「からだ」について楽しく学ぶ活動をされていることをお聞きしました。さらには、NPOのメンバーが単発で行うよりも、子どもたちの身近にいる保育士や幼稚園教諭、図書館司書の方々が日常的に働きかけていくことをめざし、「からだ先生」の人材育成にも取り組んでいるとのこと。小学校入学前の子どもたちが対象ではありますが、小学校低学年でもこのような視点を持つことはとても重要だと思います。そこで、瀬戸山さんにお願いして、どのような活動を行っているのかを執筆いただきました。もしかしたら、今後学校司書向けの研修もおねがいできるかもしれません!
(東京学芸大学附属世田谷中学校司書 村上)


子どもに体のことを伝えるNPO法人「からだフシギ」の活動について
NPO法人からだフシギ 瀬戸山陽子(東京医科大学)
1.活動の趣旨:

 もともと子どもに体のことを伝える活動は、2003年頃に聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)の研究活動の一つとして始まりました。ちょうどその頃は、医療の中で「患者中心医療」「患者主体」といった言葉が聞かれるようになった時期です。しかし実際、人が何か異変を感じて医療機関にかかっても、自分の体のどこにどんな臓器があり、どのような機能を持っているのかを知らない状態では、とてもではないけれど本人が医療の主体になる「患者主体」の医療は実現できないのではないか・・・。この活動は、そんな問題意識が原点でした。そこで研究会のメンバーは、「体の知識を、(医療者のものではなく)みんなのものへ」というスローガンのもと、市民に体のことを伝える活動を始めることにしました。

 特定の言葉を使うとすると、「ヘルスリテラシーの向上」を目指した活動とも言えます。しかし、活動メンバーには、健康医療情報の活用能力向上よりも手前の段階で、日常的にいつも当たり前に“共にいる”体の面白さや巧みさを、誰もが知る社会になったら…という思いが根底にありました。

 当初は、大学を拠点にした研究会という形をとっていましたが、どうしても大学という場所は一般の方からすると敷居が高い。そこで市民の方々と一緒になって共に活動を行うために、2014年にNPO法人を設立して活動を続けてきました。

2.なぜ、5,6歳児なのか?:

 「体の知識をみんなのものに」をスローガンにしたものの、「みんな」と言っても幅が広すぎて、それでは方法も定められません。そこでターゲットを決める必要があり、まだ医療機関にかかることが比較的少ない子どもがいいのでは?という案から、様々な調査をしました(※6)。養護教諭の方々からのヒアリングでは、5,6歳は、体の見えるところについて多くの名称を知っていて、十分理解力があること、また、5,6歳児は体に興味津々であることも分かりました。ここから、ターゲットを5,6歳児に定めて、体を伝えるためのプログラムを作成して活動を展開していきました(※7)。

3.具体的な活動:

 具体的な活動は、教材作成、お話会の実施、体のことを伝える人材育成の3本柱です。まず子どもに体のことを伝えるために教材が必要だということで、「消化器系」「循環器系」「筋骨格系」「神経系」「泌尿器系」「生殖器系」「呼吸器系」の7系統(のちに「肝臓と膵臓」を追加して、全部で8系統)の絵本を作りました。絵本は、5歳児が一人で読めるように12ページに収めて、イラストや言い回しの表現は、子どもの教育に携わる様々な人から意見を頂いて推敲を重ねています(※3)。大人が子どもに話をする時に、絵本よりもちょっと詳しく体のことが分かるように、解説本も付けました。(写真左下)。大事にしたのは、ごまかしたり嘘をついたりせず、(必ずしも覚えてもらう必要はないのですが、)正確な名称を使っていることです。また保育園などで子どもの集団に読み聞かせをするために、絵本とほぼ同じ内容で紙芝居も作成しました。さらに、目には見えない内臓を子どもがイメージしやすいように、臓器を模した「からだTシャツ」も作成しました(写真右下)(※1)。
 

















 
   2つ目の活動は、お話会の実施です。NPOのメンバーが保育園や幼稚園、図書館等に出向いていって、子どもや親子対象に「体のお話会」を展開しました(写真下)。今は残念ながらコロナでこちらが出向いていくのが難しい状況で、また、活動をしているメンバーの数も限られているということもあって、次第に、現場の保育士や幼稚園の先生、図書館司書の方々に、体の話をしてもらったらよいのではないかというアイディアが持ち上がりました。

 そこで始まったのが、3つ目の活動である、体のことを伝える人材育成です。具体的には、「からだ先生研修会」を開催し、看護師や保育士、図書館司書の方々に参加してもらって、その後、それぞれの場で皆さんが体のお話を展開するという形です。これは2016年から始めたのですが、2020年以降はオンラインで続けており、2022年9月現在、延べ180名以上の「からだ先生」が全国に誕生しています。からだ先生になられた方は、保育士や幼稚園教諭、図書館司書、保育園・幼稚園の看護師、助産師、また学生さんなどです。中には研修会後に定期的に、自分の保育園や図書館で子ども向けに体のお話会を行っている方々もおられて、確実に体の話が広がっていることを感じます。またこれは後から気づいたことですが、体のお話会は、私たちNPOメンバーが出向いて単発で行うより、子どもたちのことをよく知っている現場の方が日常的に行うほうが、子どもにとっては、いつでも体の話をすることにつながります。私たちが出向くより現場の方にやって頂く方が、体のことが日常的に話題になる環境づくりには適していたというのは、私たちとしても大きな発見でした。

4.子どもの反応や変化:

 体の話を聞いた子どもたちの変化には、いろいろ驚かされました。まず、知識の定着という点では、体のお話を聞いた2週間後も臓器の名前や機能を覚えていたというのがあります。またもっと驚いたのは、体に栄養が必要だということを知った後は、苦手なものを一生懸命食べるようになったり、脳はお豆腐のように柔らかいということを知った後は、周りの子に手をあげなくなり、「脳は柔らかいから、頭を叩いちゃいけないんだよ」と友達を注意するようになったことです(※2 ※4)。これらは体のお話会を行っている現場の保育士の方から伺ったことですが、やはり現場の方々が体のお話をして、その後の変化も見られる意義は大きいと思った出来事でした(※5)。

5.これからの活動への思い:

 実際の現場ではお子さんも様々で、例えばアレルギーの子がいるから「なんでも食べよう」とは言いづらい…と心配をされる方もいます。親がふたり揃っていないから、子どもが生まれる「生殖器系」の話はちょっと…という話もあるようです。でも私たちは、体の話に関して、唯一無二の正解を伝えたいと思っているわけではありません。大事にしているのは、金子みすゞさんの、「みんな違って、みんないい」という言葉です。よく見ると同じ体は一つもなくて、肌の色も、爪の形も、顔の形もみんな違います。「生殖器系」の絵本も、「お父さん」「お母さん」という表現は使っておらず、生物的な視点から、子どもが生まれる仕組みを表しました。私自身も歩行障害があって20代から杖を使って生活しています。また左耳と左目が使えず、顔も左側は筋肉が動かないのですが、そういう体もあります。

 もともとは、「体の知識をみんなのものに」というスローガンのもと、誰もが主体的に医療を受けられるようになったらという思いで始めた活動ですが、医療以前に、子どもたちは体を知ると自然に行動が変わって、自分や周りを大事にする様子が見られました。今この活動は、子どもだけでなく、高齢者にも広がりつつあります。また、高齢者が子どもに体のことを教える取組みも始まりそうで、個人的にもとても楽しみです。一人でも多くの人が、体のことを知って、自分も周りも唯一無二ということを感じられる社会になったら・・・、そんな思いを持ちながら活動を続けています。

「からだフシギ」の活動については、ホームページやブログで情報公開しています。
からだフシギホームページ
からだフシギブログ

(文献)
※1 石本亜希子,大久保暢子,後藤桂子,菱沼典子,松谷美和子,佐居由美,中山久子,岩辺京子,今井敏子,村松純子:子どものために開発したからだの教材を用いた学習展開の検討.聖路加看護学会誌,12(2),65-72,2008

※2 大久保暢子,松谷美和子,田代順子,岩辺京子,今井敏子,後藤桂子,菱沼典子,佐居由美,白木和夫,中山久子,有森直子,森明子,石本亜希子,瀬戸山陽子,三森寧子,印東桂子,村松純子,山崎好美:幼稚園・保育園年長児向けのプログラム“自分のからだを知ろう”に対する評価指標の検討,聖路加看護大学紀要,34,36-45,2008

※3 後藤桂子,菱沼典子,松谷美和子,佐居由美,中山久子,大久保暢子,石本亜希子,有森直子,岩辺京子,今井敏子,村松純子:5~6歳児用「からだの絵本」に対する市民からの評価,聖路加看護学会誌,12(2),73-79,2008

※4 瀬戸山陽子,菱沼典子:「地域図書館における子どものヘルスリテラシー向上を目指した取り組み―年長児にからだを教えるプログラムの実践と評価―」,保育と保健,23(1),94-99,2017

※5 瀬戸山陽子, 村松純子, 大久保暢子, 三宅美千代:「保育士による5~6際向け「体のお話会」実施を通じた、日常的に体のことが話題になるコミュニティの形成」,聖路加看護学会誌,25(1),3-11,2021

※6 菱沼典子,山崎好美,佐居由美,中山久子,松谷美和子,田代順子,大久保暢子,岩辺京子,村松純子,瀬戸山陽子:5~6歳児の体の知識,聖路加看護学会誌,13(1),1-7,2009

※7 菱沼典子、松谷美和子、田代順子、白木和夫、横山美樹、中山久子、佐居由美、山崎好美、有森直子、岩辺京子、石井佳代、今井敏子、亀井智子、木村千恵子、鈴木加代子、臺有桂,中川有加、西田みゆき、三森寧子、村松純子、森明子、相澤身江子、瀬戸山陽子:5歳児向けの「自分のからだを知ろう」プログラムの作製―市民主導の健康創りをめざした研究の過程,聖路加看護大学紀要,32,51-58,2006


 


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