読書・情報リテラシー

『北区の歴史はじめの一歩』の刊行とその活用

2015-06-24 01:25 | by 中山(主担) |

  小学生向き地域資料は、学校図書館にとって地域学習のためにはなくてはならない資料ですが、なかなか手に入らないのが実態です。公共図書館、学校図書館・教員とで、各地で作っていただきたいと思っています。
 今回は北区立図書館の
区史編纂をされきた保垣孝幸氏に、今回どのように小学生向き地域資料を作られたのかを書いていただくことにしました。保垣さんは東京学芸大学 社会科教育の卒業生でもあり、現在、本学の非常勤講師もされています。(編集部 中山)

『北区の歴史はじめの一歩』の刊行とその活用

北区立中央図書館 地域資料専門員 保垣孝幸

 
はじめに 

 北区立中央図書館では、これから北区について学ぼうとしている地域初学者向けに『北区の歴史はじめの一歩』(以下、『はじめの一歩』)を刊行しました。本書は、児童の利用を想定し刊行したという点に特色があり、現在でも区立小学校の全3年生に無償配布しています。全ての地区の刊行を終え(区内を7地区に分けて刊行しました。詳細は後述します。)、約2年になりますが、幸いなことに多くの学校現場で利用されているほか、こうした試みが珍しいのか各方面から様々な反響をいただいております。
 こで、本稿ではこの『はじめの一歩』について、刊行の経緯や各巻の内容について紹介するとともに、今後の課題について、特に本書の活用といった側面から検討を加えていきたいと思います。

※なお、『はじめの一歩』については、平成26年度東京都多摩地域公立図書館大会で公共図書館の地域資料サービスといった側面から報告させていただきました。刊行に至るまでの経緯や留意点など、詳しい内容につきましてはそちらを参照いただきたいと思います。

 児童用地域誌が無い!!  

 地域の公共図書館にも多くの児童・生徒が来館しますが、そうした子どもたちが手に取り、興味・関心をもって読んでもらえるような地域資料は、殆どないといっても過言ではありません。当館でも夏季休業中をはじめ、学校で出された課題を解決するため、多くの児童・生徒が地域資料を求めて来館しますが、児童に対して提供できる本がありません。そのため「ちょっと難しいかも知れませんが・・・・」といって、同行してきた親が噛み砕いて説明してくれることを期待し、一般向けの地域資料を提供するといったことも珍しくありませんでした。

当然、児童の質問に対して、専門員としてわかりやすく答えるということはできますが、それでも「これを見てごらん」といって提示できるものがありません。何より、図書館の本を使って自分で調べるといった、児童の自発的な活動を阻害してしまうことにも繋がりかねません。こうした状況を何とかしようと企画されたのが『はじめの一歩』でした。したがって、本書刊行の契機は、図書館として来館する児童に提供できる地域誌の作成、すなわち、児童を対象とした地域資料サービスの拡充にあったといえます。

『はじめの一歩』は全部で7

『はじめの一歩』シリーズ最大の特徴は、児童の生活エリア、すなわち家と学校を中心とした通学エリアを想定して区内を七つの地区に分け、それぞれの地区ごと刊行したことにあります。そもそも北区は、東京低地に広がる区域東部と武蔵野台地上に位置する区域西部といった自然・地理的条件の差異があります。これに加えて、南北に長いことから、江戸・東京に近接し早くから都市化が進む区域南部と農村的な景観が色濃く残った区域北部など、地区ごとに異なった歴史的展開を見せていました。『はじめの一歩』ではこれを反映させ、地区ごとに内容を変え、それぞれの地区で特徴的な事項を取り上げることに留意して構成しました。

また、各地区の歴史的文化的遺産等を紹介した事典編では、それぞれの地区の寺院や神社、石造物などの写真を掲載し、簡単な解説を付けていますが、これも児童が日常的に目にすることができるもの、特に通学途中で視界に入るものを強く意識しました。例えば、区内に残る庚申塔では、個人宅にあるものより路傍に残されているもの、板碑なども博物館収蔵庫に入っているものではなく、お寺の境内にあるものといったように、児童の行動範囲で、見に行こうと思えば見に行けるものの収録を心掛けました。

これに加えて、地区の位置、イメージ、人口、面積、簡単な沿革を略述した概要編、事典編の収録か所を地図に落とした探検マップ、当該地区に関する事項を詳しく記した年表を掲載して基本構成としています。全7冊の詳細は以下の別表をご覧ください。
  【別表】「北区の歴史はじめの一歩」概要表 .pdf

児童が読める『区史』

さらに、江戸時代の部分を事例にいえば、例えば、旗本の知行地や村の仕組み、年貢の納め方、鷹場や改革組合村といった江戸時代の制度にかかわる事項や区内全村で共通する事項については、ある地区で紹介すると割り振って記述することとしました。具体的に示せば、二人以上の領主がいる「相給」という村の形式については王子東地区編で記し、名主・年寄・百姓代といった村役人を中心とした村の仕組みについは浮間地区編で、江戸周辺地域に設定された鷹場に関する話は滝野川東地区編で紹介するといったかたちになります。こうした割り振りは、各地区における史料の残存状況やそれぞれの事象が端的に表されている地区で紹介するといった判断で行ったものですが、結果として『北区史 通史編 近世』で紹介されている内容は、概ねどこかの地区で取り上げることができました。逆にいえば、『はじめの一歩』の江戸時代の部分だけ抜いて構成すると、『区史』と対応した『はじめの一歩<江戸時代編>』ができるかたちになります。

7分冊にしたために・・・

児童の生活エリアをもとに7冊に分けて刊行したという『はじめの一歩』最大の特徴は、一方で、最大の問題点ともなっています。それは、地区ごとに内容が異なっているため、ある地区には記載されている事項が別の地区の『はじめの一歩』には記載されていない、北区という地域全体の歴史を考えた場合、それがたとえ重要だったとしても地区に直接関係していないものについては触れられていないことです。例えば、明治43年(1910)に起こった大水害を契機に、新たに荒川放水路が開削され、岩淵水門が建設されます。こうして水害の危険性が薄らぐと、区域の低地部にも大きな工場が進出し、住宅が立ち並ぶようになっていきました。北区の歴史を考える上では非常に重要な事項ではありますが、実は、台地部に位置する地区の『はじめの一歩』では、このことについて触れられてはいません。また、区域の村々は、総じて江戸の近郊農村として江戸で消費される野菜の生産が盛んでしたが、これも特定の地区の『はじめの一歩』で記しているだけとなっています。

これらの問題は7地区分冊を決定した時点で想定されていたことではありますが、実際に出来上がってみると、自分の知りたいこと調べたい内容が、どの地区の『はじめの一歩』に載っているのかわからない、といった意見も多く聞かれるようになりました。さらに、7地区の特徴的な事項を分冊形式で刊行したが故に、ある地区の『はじめの一歩』で紹介されている事項は他の地区には関係がない、といった誤解を生じ兼ねない状況にもなっています。

地域誌としての『はじめの一歩』

 この『はじめの一歩』は、地域誌の観点で作成した刊行物で、しかも北区という自治体の枠組みよりも狭いエリア、すなわち、児童の生活エリアを想定して作成したものです。したがって、教科書に載っている「江戸時代」や「明治時代」「大正時代」の歴史について北区を事例に学習しようとしたとき、『はじめの一歩』がその役割を果たせるかといえば、難しいと言わざるを得ません。かつて『小学校学習指導要領』社会の第6学年で取り上げられている42人の人物が『はじめの一歩』全7冊にどれだけ記載されているか確認してみたことがありますが、用いた図版のキャプションとして名前が記されているのみの歌川広重を含めて4名だけで、当然、その人物の活動等が紹介されている訳ではありませんでした。また、第3学年の内容に目を向けても、特段「地域の発展に尽くした先人の具体的事例」を紹介しているものでもありません。そもそも『はじめの一歩』は、社会科教科書や学校副読本の内容をより身近な地域に落とすとどうか、といった視点で作成したものではないのです。

地域誌である『はじめの一歩』の発想はまさに逆であり、まず児童らが生活する地域があり、その地域を歴史的に考えた場合、「江戸時代」や「明治時代」はどんな様子だったか、どんな事が起こっていたのかを記しています。端的にいえば、江戸時代の「○○地区」ではなく、「○○地区」の江戸時代といっていいでしょう。

『はじめの一歩』の特性を見極めて・・・

とはいえこれらの問題点も、例えば学校現場での利用を妨げるものではなく、図書館としてはむしろ積極的に活用してもらいたいという意識を強く持っています。このことは、現在でも区立小学校3年生全児童に対し当該地区の『はじめの一歩』を無償配布していることでも理解いただけるかと思います。歴史を本格的に学習する6年生ではなく、3年生を対象に配布している理由の一つは、それぞれの学年がそれぞれの興味・関心で『はじめの一歩』を利用して欲しいからです。中学年の児童にとっては、歴史編の内容は難し過ぎるかもしれません。それでも身近にある石造物が何かを『はじめの一歩』で確認したり、地域に伝わる「昔ばなし」を読んでみたり、それぞれの楽しみ方があると思います。6年生の児童が教科で歴史を習うなかで、ふと、この場所はいったいどんな様子だったのか興味を持ったときに、『はじめの一歩』は十分に応える内容を有していると思います。

こうした『はじめの一歩』の特性を見極めた上で、ぜひ、様々な場所で利用していただきたいと思っております。

結びにかえて~活用方法を想定して~

 当館「北区の部屋」では、「教えて!!北区のこと」と題した質問箱を恒常的に設置しており、その中に小学生からも様々な質問が寄せられます。また、既述の通り、実際に来館して調べにきた児童に対するレファレンスについても一定程度の蓄積があります。『はじめの一歩』は、こうした具体的な事例の答えられることを意図していることから、なるべく児童の興味・関心を反映させたつもりではありますが、どう利用してもらうためにどう構成するかといった、活用を想定した面については十分に検討がなされていたとは言い難い側面があります。確かに原稿作成の段階で北区の社会科教育会にも相談させていただきましたが、それこそ、どう利用できるかといった踏み込んだ意見交換をさせていただいた訳ではありません。図書館としても、折角作った『はじめの一歩』なので、これを使った児童向けのワークショップなどを行っておりますが、それも先ず本ありきで、これをどう使っていくかを苦心しているのが現状です。

図書館として、児童を対象とした地域資料サービスを拡充するという当初の目的は一定程度図られたものと思いますが、刊行を終えて、さらに一歩踏み込んで、児童らにどう地域に興味・関心を抱いてもらうか、そのためにはどういった地域資料が望ましいのか、そして、その地域資料をどう活用すれば目的を達せられるのか、といった活用方法までを見据えた事業展開の必要性を改めて感じる次第です。今後、本シリーズの改訂等が視野に入ってくるものと思われますが、こうした点を留意していければと思います。

2012年6月21日

 
 なお、『北区の歴史はじめの一歩』を授業で活用した事例が「A0225」にあります。(編集部)

 令和2年(2020年)より、改訂版が出ています。以下をご参照ください。
  https://www.library.city.kita.tokyo.jp/viewer/info.html?id=42


次の記事 前の記事