読書・情報リテラシー
地域を“知る” そして 世界へ発信する
2017-06-18 22:02 | by 中山(主担) |
―公共図書館による高等学校でのウィキペディアタウンの取り組み―
伊那市立高遠町図書館 諸田和幸
1.ウィキペディアを活用した 高校生の情報リテラシーの向上プログラム
暮らしの中に多くの歴史遺産・自然遺産がある長野県南部の伊那谷。
この伊那谷で、江戸時代から地域の自然や暮らしに学び、知識と暮らしが繋がる”実学”を実践してきた高遠藩校「進徳館」があります。その精神を伝統とする高遠地域(かつては高遠町、現在は伊那市高遠)。
「蕗原捨葉_沙降絵図:天明3(1783)年 浅間山噴火絵図」
そこに伊那市立高遠図書館と1学年3クラス周辺地域では比較的小規模な県立の高遠高等学校があります。
2016年から保育園、小学校、中学校、高等学校をゆるやかに繋ぎ、地域の行政機関や文化施設との交流連携を通して、お互いの教育振興の充実を図る「高遠学園」がスタート。長野県高遠高等学校においては「地域づくりの中核校としての学びの創造」を掲げ、地域体験型学習プログラムを展開しています。
今回は、伊那市立高遠図書館がカリキュラムをサポート展開しているインターネット上の百科事典”ウィキペディア”を活用した情報リテラシー向上プログラムについて、ご紹介します。
2.きっかけは、古地図を現代に生かす「高遠ぶらり」
ことは、2011年に伊那市立図書館と市民団体が共同制作した、携帯端末用アプリケーション(以下:アプリ)「高遠ぶらり」の公開に始まります。これは古地図や観光地図の上にGPSの現在地情報を表示させ、その上に表示されたランドマークピンをタッチすると、史跡などのランドマークに関する記事や写真、観光情報することができるセルプガイドツールです。
このプロジェクトは、単にデジタルコンテンツやアプリ制作をすることが目的ではなく、参加者が掲載地図の範囲を街歩きしながら、皆で地域を“知る”ことに重点が置かれており、現在も活動しています。
プロジェクトオーナーは図書館ですが、街歩きワークショップやアプリ制作などを企画運営しているのは「高遠ぶらり制作委員会」です。図書館と共に、情報を収集し、共に編集し、共に表現していくプロセスを通して、「情報リテラシー向上」や地域課題に取り組む「共創」の場となっています。
3.長野県高遠高等学校におけるウィキペディアタウン
高遠地区での「ウィキペディアタウン」は「高遠ぶらり」のスピンアウトとして開始されました。
さらに地元の高校において「ウィキペディアタウン」×市立図書館×学校図書館が連携して、カリキュラムを展開することとなりました。
ウィキペディアタウンとは、参加者が地域を歩き、見つけた地域情報を資料で調査して、インターネット百科事典「ウィキペディア」を編集して、情報をアップする営みです。自分たちが新たに追加した地域情報が世界中に公開され(オープンデータという)、誰もがその情報を活用することができます。自らが発信した新たな地域情報や活動そのものから、地域価値の再創生が期待されています。
2015年1月に伊那市立図書館にて、第1回「WikipediaTownINAVally×高遠ぶらり」開催しました。高校には新井校長先生を通じて、情報コース担当の小澤先生へ繋いでいただき、「情報ビジネスコース」へこれからの情報の扱い方を共に学ぶ機会として提案しましたが、残念ながら学校行事と重なり生徒の参加はありませんでした。
後日、ウィキペディアタウンの内容をお話ししたところ、学校としても取り組んでみたいということになり、2015年12月から1月にかけて、情報の10時間(50分×2コマ×5日)をいただき、情報ビジネスコース3年生の約30名を対象に小澤先生の情報の授業にゲスト講師として入り、実施しすることができました。その後、2016年も実施、2017年も12月に実施することになっています。
おもな流れは以下のようになっています。(2016年例)
1)高遠城下町街歩き
2)編集対象の選択
3)図書館にて資料検索
4)現代国語教員による文章講座
5)ウィキペディア編集
6)公開
4.歩いて知る
まず、地域を歩くことにより”高遠”という地域の中でこれまで起きた出来事を共有し、各自に興味のあるテーマを持たせることから始めました。
高遠石工という、江戸時代農閑期に高遠藩が推奨し埼玉や群馬などへ出稼ぎに行くことの許された石工集団の地元での作品が多く残る「建福寺」や、城下町防御の一つとして道を塞いでいた「袋町」などがあります。地元出身の生徒にとっては、小学生・中学生の頃一度見聞きしたことのある場所であったり、人物名はたくさんあるのですが、それらがどのように地域と繋がり,今の社会にどう影響を与えているかなどを知ることには至っていないようでした。
まして、他地域から通学してきている高校生には、学校周辺に残されている地名や人物は、聞いてもなにもイメージはできず、非常にハードルが高く感じていたようでしたが、「高遠ぶらり」アプリを使って現地を歩きながら、地元出身の生徒が小学生の頃などに見聞きした思い出を語ってくれたりしたので、互いにイメージを共有し、理解を深めていくことができました。地域資産を再発見する絶好の機会となりました。
この街歩きの体験をもとに、各自おのお
のの興味のあるテーマや疑問をグループで出し合い、話し合いました。さらに、知りたいことは文献をつかって、調査を開始しました。
5.調べて掘り進めるタノシミ
高校には、高遠に関連する情報として、「町誌」や「学校誌」などの地域についての総論のような資料は揃っていました。市立図書館からは『信州伊那谷へ石匠守屋貞治の石仏を訪ねて』や上伊那においての郷土研究誌「伊那路」など毎時間15-20冊用意し、研究室へ貸出。授業時間、情報教室での利用としました。
高校図書館司書 河野さんと私とで、生徒の疑問を聞き取り、ヒントを与えるなどのレファレンス対応もしました。資料を提供するだけでは物理的な冊数の制限もあり、Web検索や国会図書館デジタルサーチを利用するなどの検索の方法も伝えることができました。
また、授業時間内だけでは時間的な制約があるため、メールの問い合わせも可能にすることで、必要な資料をその都度準備し、展開することができました。
6.追記として表現されたウィキペディア情報
今回の活動で”ウィキペディア”は表現―アウトプットの受け皿です。
街歩きの中で得た情報を、地域資料を使い事実確認しながら、各グループにて不足している情報を補うべき箇所を探し、追記して記事を充実させていきました。
2016年の生徒たちが追加した項目は以下の5つです。
・仙丈ケ岳
・建福寺
・満光寺
・杉玉
仙丈ケ岳の追記グループでは、すでに多くの内容が書かれていて「もう追記できない」とはじめは絶望していました、そこで「植生については書かれているけれど、現状として“鹿が多い”よね」とヒントを与えたところ、有害鳥獣の被害について調べ出し、追記してくれました。視点を変えてあげることで、生徒たちは自ら新たな問いを立て新たな発見をしていってくれました。
7.身の回りの情報を見る目
日々利用している書籍や新聞・インターネットは、生徒たちにとっては他愛ない日常的な情報を得る検索ツールとして使い慣れていますが、その中から本当に必要な情報・確かな情報を選択する判断基準の幅がまだまだ狭いのが実状です。
なにげない日常の写真から指紋が取れて、悪用されることもあるとの情報を得ると、全ての写真が悪用されてしまうと考えてしまいます。どのような時に起こるのかなどの検証することまでは行かないのです。今回のような情報を活用する機会が多くなれば、そのような情報を見る目を養って行くこともできると感じました。
8.つかうものから創るものへ
今回のように伊那市立高遠町図書館がサポートした「ウィキペディアタウンスクール×高遠ぶらり」の活動について担当の小澤教諭からは、以下のようにコメントをいただきました。
「情報を“発信する”という、普段の授業の中では体験できない情報活用を身近に感じられよかった。」
受講した生徒からも
「加筆しアップした際の達成感は高校生活の中で一番でした。」
「情報をなかなか得られず苦戦したが、情報を編集し発信することは初めてのことだったので勉強になりました。」
との感想をもらいました。
地域情報共有のために街歩きもセットして展開することで、自らが地域に興味をもち、これからの新たな情報を創り発信し楽しむ体験は、後も生かされて行くでしょう
9.伊那市立図書館にとっての「地域」
「”伊那谷の屋根のない博物館”の”屋根のあるひろば”」というキャッチフレーズを掲げ活動している伊那市立図書館。そこで働く私たち図書館員にとって「地域」とは、目の前に広がる地域の風景や暮らしに学ぶことのできる”知のフィールド”として、存在しています。
そこに暮らす人々とともに「知」をめぐり、目の前に広がる豊かな自然や暮らしの中から”実感ある知”を獲得し、「情報と情報」「情報と人」「人と人」を繋ぎ直し、活動する場所を共にデザインしながら、これからの新しい時代に求められる情報から社会・世界を繋げ、新しい時代に求められる資質・能力を育む場として地域は想像にあふれている場所です。
そこで高校生と共に行なっている地域再発見プログラムを、社会教育と学校教育の連携例として紹介させていただきました。ご感想、ご意見などいただけましたら幸いです。
高遠地区では、このような街歩きやウィキペディアタウンなどを年6回ほど開催しています。また、毎年9月には「高遠ブックフェスティバル」が開催しています。実学の地、高遠の「知」を実感しに、「高遠そば」も楽しみに、どうぞいらしてください。