読書・情報リテラシー
身近な地域と戦争のつながりを学ぶ総合学習
2019-08-06 11:54 | by 村上 |
塩尻市立丘中学校(長野県)では、昨年塩尻市立図書館の協力を得て、地域の戦争に関する調べ学習を行い、その様子が、地域の新聞に取り上げられました。学校図書館が授業を支援するだけでなく、その授業を公共図書館が支援することで、中学生が自分たちの地域とのつながりを実感できたこの授業はまさにこれからの地域連携のお手本と感じました。そこで、授業を行った当時市立丘中学校教諭だった宮澤有希先生と学校司書の塩原智佐子さんと、塩尻市立図書館司書青山志織さんに、授業の様子に関する記事と事例を提供いただきました。
なお、この実践は信濃教育会 第22回「教育研究論文・教育実践賞」特選(雑誌「信濃教育」第1992号(2019年:令和元年7月号)掲載)に選ばれています。
1.学校連携事業について
塩尻市では平成25年4月から市立図書館と学校図書館の連携を積極的に行っている。資質向上のための学校職員向けの講座や、アドバイザーによる読書推進の実施の他、4名の企画・学校担当職員が数校ずつ担当校を持ち、資料の提供やレファレンス、情報交換を行うなど市立図書館と学校図書館をつなぐ窓口となっている。
2.丘中学校・塩尻市立図書館の連携と、調べ学習の流れについて
【6月上旬】
発端…学習を行った学級の生徒たちは、毎年広島にどうしておりづるが集まるかを知らなかった。そこで戦争を他人事でなく、自分事としてとらえて考えることができるように、総合的な学習の時間で「身近な地域から学ぶ 戦争とは 平和とは」というテーマで学習することが決まる。
指導案を含む授業の様子は 実践事例 A0348 を参照ください。
地域連携で市立図書館に協力を依頼。その出前授業は実践事例 A0347 を参照ください。
【6月中旬】
総合的な学習の時間の授業で、おりづるの意味を知ってもらうために『おりづるの旅;さだこの祈りをのせて』(うみのしほ作 狩野富貴子絵 PHP研究所 2002)の読み聞かせを学校司書がする。
学校司書の塩原さんと担任(総合的な学習の時間 担当)の宮澤先生と初めての打ち合わせを行う。宮澤先生からは、地域と戦争について理解する学習の一環として調べ学習を行いたい、決められたことを調べるのではなく、自分たちで個々に郷土の戦争についての疑問や課題を見つけ解決する学習にしたいと提案があった。
この学習における学校司書と市立図書館の役割分担を決める。
学校司書(担任)…生徒が何を調べるかテーマを考える調べ学習のワークを行う。
市立図書館…テーマの具体化。市立図書館でレファレンスを受けた時の調査・回答のプロセスを説明しながら、資料の調べ方や引用の仕方、情報の整理の仕方を伝え、まとめる。
【6月下旬】
学校司書が「地域と戦争」に関する授業とワークを行う。(その様子を市立図書館司書が見学)
→ 班ごとに与えられたテーマについて付箋に関連すると思うキーワードを貼っていき話し合いながら整理・分類する形式。50以上のキーワードがでる。
【7月初旬】
前回のワークで出たキーワードを元に市立図書館からワークとワークシートを学校側に提案。郷土担当と一緒にキーワードに対応できる資料(事典・郷土資料等)を下読みして準備。同時進行で学校図書館でも学校司書が資料を準備。
【7月5日】
市立図書館の職員が学校図書館で授業。(学校担当と郷土担当)
前半がテーマの具体化のためのワーク、後半が実際に持ち込んだ公共の資料と学校図書館の資料を合わせての個々の調べ学習。市立図書館の司書(2名)と学校司書が個々のレファレンスに対応。ワークシートに成果をまとめる。この実践は、実践事例 A0347をご覧ください。
出張授業レジメ・キーワード・ワークシート.pdf
【9月下旬】
調べて知ったことを次世代に伝える。(3つの班に別れる)
読み聞かせ班(自分の今の思いを伝えられる絵本を選びPOPを作成。)
資料班(調べたことを資料にまとめる。)
かたりべ班(語っていただいたことをまとめる。)
上記のような活動を行うために
戦争体験をした方から実際に話を聞く。(右写真は、戦争体験を語る上原さん。)
“伝える”学習で、戦争や平和絵本の読み聞かせの方法を学ぶ。
(市立図書館絵本専門士が選書、絵本の読み方を指導)……等の活動も行った。
【9月末】
文化祭で発表
生徒作品
3浅間温泉と特攻隊.pdf 4桔梗ヶ原女子拓務訓練所.pdf
5松本五十連隊.pdf 6学童疎開と郷福寺.pdf
講堂での発表の様子↑
【10月中旬】
学校内で郷土の戦争についての調べ学習を発表したこと、用紙にまとめ展示したことを聞く。地域に人にしってもらうために、成果物を市立図書館で展示することを学校に提案。
【12月】
市民交流センターで展示(写真下)。地元の新聞社が取材。
右の写真は市民タイムスの記事
写真左は、中学生に戦争体験を語ってくださった上原さん。多くの市民が来館する市民交流センターに、展示をしたことで普段見られない学校での学びを知ることができて、とてもよかったとお話されていました。
3.総合学習を終えての授業者の感想(事例シートからの抜粋です。)
【塩尻市立丘中学校教諭 宮澤有希さん】
74年前の戦争のことを、遠い昔におこったできごとのように他人事でとらえている子どもたちが、市立図書館や学校図書館から提供された資料や出前授業を通して、自分たちの手で調べることで身近な地域も関係していたことに気づいてほしいという願いから始めた授業である。
図書館との関わりを通して、子どもたちは、「知らないことをもっと知りたい」という願いを強め、「知ったことを次の世代に伝えていきたい」という気持ちを持つようになってきた。
調べることでも、伝えることでも、図書館からの支援を受けることができたことによって、自分のこととしてとらえようとする子どもたちの姿に変わってきたように感じた。
授業を始めるためのきっかけとなった「戦争を他人事ではなく自分事としてとらえてほしい」という授業者の願いを、図書館との関わりによって少しでも実現することにつながったと感じている。
出前授業を通して調べ方を学び、多くの資料と調べたいことを照らし合わせながら、伝えることを資料としてまとめようとする姿や、絵本の読み聞かせを導入で扱ったことで、絵本を通して平和を伝えていきたいという願いも出てきた。市立図書館から絵本読み聞かせ士を紹介してもらい、読み聞かせ講座を行ったり、伝えたいことに合わせた絵本の紹介の場面でも活動を支えてもらうことができた。
市立図書館との連携は、学校図書館司書を通じて行った。学校図書館司書には、市立図書館との連絡調整を行ってもらうとともに、図書館を活用した授業の内容を一緒に検討し、必要な資料準備や効果的な授業になるようなアドバイスをもらうことで授業を支えてもらいとてもありがたかったと感じている。
【塩尻市立丘中学校司書 塩原智佐子さん】
担任と相談し、キーワードを8つに絞った。キーワードに関する郷土資料から子どもたちはさらに調べたいことを追究し、まとめていった。調べるにつれ戦争に対する思いが育っていっていると感じた。当時、年齢が様々だった戦争体験者の方々のお話を聞くことにより、この場所で起きた出来事、戦場に行った方の思いなどを真剣に考える姿が見られた。そして、塩尻からスタートし、長野県、日本へと考えが広がった。また、私たち大人も戦争のことが分かっていないことに気付かされた。担任がベクトルをしっかり示すと子どもたちはやりとげるんだということを学ばせて頂いた。戦争学習をすることで、戦争のない今の時代に生きている幸せを子どもたちと共有することができた。
【塩尻市立図書館司書 青山志織さん】
依頼があった時、郷土資料には難解なものが多いため、個々のテーマに対応できるのか不安があった。対応できたのは、司書教諭と学校司書が数回かけて、戦争に関する生徒の意識をしっかり作っていたことと、事前に授業に同席させていただき、生徒の興味がどこに向かっているか知ることができたことが大きい。
調べる前にテーマ決めのワークを行い、個々の質問やレファレンスに対応した。自分で「知りたい」というテーマが決まった生徒は難しい資料にも挑戦していた。逆にテーマがあやふやで、途方に暮れている場合もあった。
「桔梗ヶ原女子拓務訓練所」について、中学校の近くに跡地があることもあり、興味を持つ生徒が多かった。満州開拓団の青年たちの花嫁とするべく10代の女子を集めて「大陸の花嫁」を養成した施設で、多くの花嫁たちが悲惨な結末を迎えている。生き残った女性のインタビューなどが残っており、戦争が遠い世界ではなく自分達が暮らしている場所であった出来事だと実感できたと感じる。
対応できる資料が少なく難儀したが、地域の新聞や広報などの特集記事が非常に役にたった。新聞のデータベースや地区の広報など、市立図書館だからこそ持っている郷土資料を活用できたことは学校図書館と市立図書館の連携の成果だといえる。
その後、戦争体験者の話を聞くなど学習は更に発展したが調べ学習を行ったことにより、生徒が集中し更に深い学習になったと聞き、改めて良い連携だったと感じた。