授業と学校図書館

授業で役立つ活用事例を「先生のひとこと」として紹介します。

先生のひとこと

受験会場は学校図書館!~工学院附属中学高等学校「思考力テスト」

2018-09-04 08:49 | by 村上 |

 今回は、工学院大学附属中学・高等学校の司書教諭 有山裕美子先生(写真右)に中学入試のひとつとして行われている「思考力テスト」についてお話を伺いました。別名「図書館入試」とも言われるこの試験は、受験生である小学6年生が、工学院附属中高の図書館にやってきて、10分ほどの館内利用オリエンテーションを受けた後に、思考力テストと書かれた冊子が配布され、与えられた課題を行うものです。


 2016度の入学試験問題をいただきましたので、そこから簡単に内容をお伝えします。
冊子の表紙には、以下の注意事項が書かれています。 

1. 開始合図のベルが鳴るまで、この問題用紙の中を見てはいけません。
2. 開始合図のベルが鳴ったら、問題用紙と解答用紙の受験番号・氏名の欄に書きなさい。
3. 試験時間は90分です。
4. 解答はすべて、指示にしたがって、問題用紙の解答欄に記入しなさい。
5. 試験時間内であれば、自由に図書館内を歩いて、必要な資料を探してかまいません。また、資料は自分の机で使用してもかまいません。なお、使い終わった資料は、試験終了後、所定の位置に戻すこと。
6. 問題用紙で、印刷がはっきりしないところなどがあったら、静かに手をあげなさい。
7. 答案ができあがっても、試験終了の合図のベルが鳴るまで静かに着席していなさい。


 開始の合図と共に冊子をめくると、まず目にはいるのが、次の言葉です。


思考力テスト
 今日は、図書館を使ったテストを行います。これから自分でテーマを決めて、そのテーマの内容について、図書館で調べながら、かんたんなレポートを完成させます。

 

 受験生は限られた時間のなかで、自分の決めたテーマについて、図書館の資料を駆使してレポートを完成させなければならないのです。このテストのユニークなところは、出来上がったレポートだけを見て評価するのではなく、レポートを完成させるまでの過程や、振り返りまで評価の対象としているとことです。


Step1  テーマを絞ろう(配点10)
 テーマ設定にあたり、大きなテーマは与えられています。この年は「生物」が大テーマです。テーマを絞るためにマンダラート(3×3の9マスの表。アイディアを整理し、思考を深めるために使う)の中央に生物という言葉がすでにはいっているので、受験生は外側の8つのマスを埋めていくことになります。マンダラートを初めて目にした受験生のために、「食べ物」を大テーマとし、連想する言葉を外側のマス書いた例が載っています。さらに、自分が書いた言葉から一つ選んで、それをまた新たなマンダラートの真ん中に書き、外側のマスを埋めて、最終的には、自分のテーマとなるべき言葉をひとつ決めるよう指示されます。
 テーマが決まれば、資料を探すことになります。


Step2 資料をさがしてみよう
 図書館内を歩いて資料をさがします。使えると思った本は、何冊選んでもいいそうです。注意事項として書いてあるのは、最低2冊以上の資料を使うように、ということです。

(写真左は、試験会場となる工学院附属中高図書館)

 

Step3 資料を整理してみよう(配点10)
 あなたが選んだテーマについて、選んだ本を参考にしながら、書きたいことについて箇条書きにしてみましょう。本で調べたこと以外に、あなたがすでに知っていることを書き加えてもかまいません。

 

  回答用紙には、箇条書きで書くためのスペースが用意されています。


Step4 ポイントをしぼって情報をまとめてみよう(配点60)

 まとめるにあたっては、最初にテーマを書き、続いて以下の項目を書く欄が設けてあります。
1. なぜそのテーマを選んだか(理由・動機)
2. 調べたこと(調べた内容)
3. 調べて分かったこと(考察)
4. 調べた感想や、今後の課題、もっと知りたいこと(まとめ)
 
 次のページを開くと、使った資料を参考文献として書き込む欄があり、以下の注があります。
注:参考文献の情報は、本の後ろの方(ほとんどの本は一番後ろ)にある「奥付」という場所を見ます。「奥付」には、その本の情報がいろいろ書かれています。
(例)として、奥付の見方が載っています。


Step5 自分が考えたことをわかりやすく伝えよう。(配点10)
レポートを作成する中で、あなたが特に重要だと思った点はなんですか?またまとめるときに気をつけた点はなんですか。


Step6 自分の学びを振り返り、次につなげていこう(配点10)
 今日の活動を振り返り、自己評価をしましょう。頑張った点、あるいはよくできた点はなんですか?また、もう少し頑張れば良かったと思う点や、うまくいかなかった点はなんですか?


 以上が思考力テストのおおまかな流れです。私達司書にとっては、とても興味深い入学試験なので、以前からぜひいろいろお伺いしたかったので、リニューアルした工学院附属中高図書館を見学した際に、インタビューをさせていただきました。


村:試験について、もう少し具体的に伺わせてください。まず、オリエンテーションはどのようなことを話されるのでしょうか?
有:生徒にするオリエンテーションを簡略したようなものですね。どこにどのような分類の本があるか、参考資料はどこにあるか、検索機は使っても良いことを伝え、場所も伝えます。


村:この冊子を見ると、テーマを決めてから、資料をさがしに行っていますが、資料を見ているうちに、テーマを変えたくなる受験生もいるのではないですか?
有:特に指示や説明はしませんが、前のページに書いたテーマを消しゴムで消して書き直している子もいれば、どうしていいのか戸惑っている子もいますね。実はそういうところも含めて、教員は試験官として、受験生の様子を細かく見ています。

 

村:今回のテーマは「生物」でしたが、使えそうな資料をあらかじめ、棚にはかなり仕込んでいたりするんですか?
有:はい、もちろんそうしています。日頃から「思考力テスト」を意識した選書もしています。

 

村:レポートの最後に、参考文献を書くことも求めていますが、正しく書けていますか?
有:これは、とても個人差があります。サッと奥付を見て書ける子は、レポートの書き方も理解していて、図書館を使い慣れている感じがします。一方で初めて奥付のページを開いたような子もいますね。


村上:そもそも、「思考力テスト」を行うことになったきっかけは何ですか?
有山:「思考力テスト」自体は以前からありました。それを図書館で行ってみてはどうかという提案が学内から出ました。奇しくもお茶の水女子大の新フンボルト入試と同じ年のスタートになりましたが、実際に具体的な内容もよくわからず、特に影響を受けて始めたものではありません。お茶大でやるなら、うちでやっても大丈夫だよね、というくらいは話題になったかもしれませんが。(笑)

 

村:すでに、3回実施し、次年度も実施予定ということは、この思考力テストが、入学試験の一つの形として有効だと学校全体が認識しているということですか?
有:そうですね。「思考力テスト」で入学した生徒の中には、特待生級の生徒も出ています。
思考力テストで見ようとしているのは次の4点です。
 ・適切なテーマを選択することができたか。
 ・資料を活用して、調べた内容をまとめることが出来たか?
 ・調べたことをもとに、自分なりの考察が出来たか?
 ・自分のまとめを振り返るとともに、今後の学びへの意欲があるか?

  本校では、中学生を対象に総合的な学習の時間を使った「デザイン思考」という授業を、司書教諭である私が行っています。そこでも思考のプロセスを大切にしています。また、本校は「考える、行う」(挑戦―創造―貢献)と「PIL」(ピアインストラクション型講義)「PBL」(ICTを積極的に活用したプロジェクト型学習)を基本理念とし、教師から生徒への一方向行の授業はしない方針です。思考力テストは、このような工学院附属中学・高等学校の目指す教育観に基づいて作られていると言えます。このテストで入った生徒を、その後の中学校の学びの中でどう伸ばしていくかが課題でもあります。

 

村:この「思考力テスト」は、何人ぐらいが受験するのでしょう?また、合格者は何人ぐらいなのですか?
有:そんなに多くはありません。毎年20人前後でしょうか。一般的な入学試験を受ける児童のほうが、まだまだ圧倒的に多いです。合格するのは、6~7人ぐらいですね。小学6年生にとっては、90分という限られた時間内で、これだけのことをするのは、けっしてたやすいことではないと思いますから。

 

村:採点は、どのように行っているのですか?
有:毎年5〜7名の教員で行っています。評価のための本校独自のルーブリックを作っているので、それに基づき、それぞれの教員がひとつひとつの答案を採点し、合計したものの平均点をだし、その点数に基づいて合格者を決めています。


村:「思考力テスト」が入学試験として有効であるならば、今後もっと広げていくという方向性なのですか?
有:有効性は実感しているのですが、実は準備も採点も、ものすごく教員には負荷がかかっています。なので、現在ぐらいの人数だからこそ、可能なのではと今は思っています。


村:さきほど、「デザイン思考」の授業の話がでましたが、これも少しご説明いただけますか?
有:はい、これはスタンフォード大学のデザイン思考をヒントに作られた授業です。本来はよりデザイン思考のモデルに近づけたいところではありますが、現在は、学校共通の認識であり、思考力テストの元になっている思考のプロセス(工学院モデル)を主に使って行っています。仲間とどう協働しながら、「つたえる」のところで、アイデアを形にできるか、「振り返る」のところで、より他人からのフィードバックに応えられるようになるかなどが、今後の課題です。

 思考のプロセス(工学院モデル)

ステップ

観点

1.みつける

興味を持って取り組んでいるか。

2.あつめる

大切なことを、きちんと抜き出しているか。

3.分析する

自分で考えて、整理・分析しているか。

4.まとめる

自分で考えて、まとめているか。

5.つたえる

自分の考えを、わかりやすく説明し、つたえているか。

6.振り返る

学んだことを振り返り、次の学びへとつなげているか


               このプロセスは学校共通のものとして意識されている。

 中学生全員が個人タブレットを所持し、授業は図書館で行っています。ICTと思考力と図書館を活用し、情報リテラシーの育成を目指していますが、大切にしていることは、学びのプロセスを意識させること、五感を使って情報を集めることです。そのためには、多種多様な情報を図書館で用意しています。アイデアを形にするためや、考えを整理するための道具としてシンキングツールも活用しています。そしてアウトプットの方法はデジタルからアナログまで。個人ワークとグループワークもその時々に応じて。そして必ず伝えることはどんな場面でも。自分も他人も傷つけないことです。


村:お話を聞いていて、工学院大学附属中学・高等学校において、学校図書館の果たす役割の大きさを改めて感じました。だからこその、図書館入試、思考力テストなのですね。

有:学校図書館の大きな役割は、学びのプロセスに包括的に関わることで、予測不能な未来を生きる子どもたちに必要な能力を育成することだと思っています。

 

村:学習指導要領が改訂されたことで、ますますその必要性は高まっていると思います。
有:学校図書館でこれまで行われてきた学び(探究)のプロセスは、全ての教科で求められている資質・能力と言えます。図書館は学びのプロセスを支える場所です。同時にそのプロセスは、どこから始めてもいい。「まずはやってみる」ことができるのも学校図書館です。

 

村:この春、工学院附属中学高等学校図書館は、3Dプリンター、レゴブロックなどを置いたファブスペース(創造のための空間)を設けましたが、これも、何か面白いことをやってみたい!と生徒や先生に思わせてしまうしかけのように感じましたが。(写真左)

有:図書館というと、調べる部分だけを担う場所と思われがちですが、学校図書館における新しいアプローチとして、アイデアの出だしからアウトプットまで、学びのプロセスを図書館のなかで行なえることを目指しています。私のいまのテーマは、情報収集を超えた図書館のあり方です。学校全体の学びの地図の中心に学校図書館があってほしいと。

 

村:今日は、「思考力テスト」の話を伺うつもりでしたが、「思考力テスト」の先に見据えているものまで、お聞きすることができました。私達後続の学校図書館のモデルとなるようなスタイルをぜひ今後確立してほしいと思います。今日はありがとうございました。

(文責 附属世田谷中学校司書 村上恭子)



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